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京都地方裁判所 昭和62年(ワ)2311号 判決 1989年2月21日

原告

株式会社京都相互銀行

右代表者代表取締役

吉永勝商

右訴訟代理人弁護士

山本淳夫

右同

魚永和秀

右同

鷹喜由美子

被告

橋本宇一

右訴訟代理人弁護士

高田良爾

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金三五二万〇八六四円及びこれに対する昭和六二年三月二四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文一、二項と同旨

第二  請求の原因

一  原告は昭和五六年一月三一日訴外関野正義に対し二五〇万円を左の約定で貸渡した。

1  利息  年一〇パーセント

2  元金弁済方法  昭和五六年二月から昭和六〇年一月まで毎月二七日限り五万円宛分割して支払う(但し、最終月は一五万円)

3  損害金  年一四パーセント

4  特約  分割金の支払を一回でも怠ったときは当然に期限の利益を失う

二  原告は、関野正義が原告に負担する借入金債務その他原告と同人間の相互銀行取引によって生ずる同人の原告に対する債務一切を担保するために、同人より同人所有の別紙物件目録記載二の建物(以下「本件建物」という。)につき極度額三〇〇万円の根抵当権の設定を受け、京都地方法務局左京出張所昭和五六年二月四日受付第二七三二号をもって根抵当権設定登記を経由した。

本件建物の敷地は別紙物件目録記載一の土地(以下「本件土地」という。)であり、関野正義は被告から本件土地を賃料月額四万円の約で賃借していた。

三  関野正義は原告に対し昭和五八年八月二七日に支払うべき分割金の支払を怠って期限の利益を失ったため、原告は同人に対し貸付残元金一六一万円とこれに対する昭和五八年八月二八日から完済に至るまで年一四パーセントの割合による損害金債権を有するに至った。

原告は昭和六〇年九月一〇日根抵当権に基づき京都地方裁判所に本件建物の競売申立をなし、同年九月一七日競売開始決定がなされ、同月一九日差押登記が経由された。

四  被告は、被告と関野正義との間の昭和六〇年六月二五日成立の京都地方裁判所昭和六〇年(ワ)第三二六号建物収去土地明渡請求事件の和解調書の執行力ある正本に基づき、同年一一月一五日本件建物の収去命令の申立を同裁判所になした。原告は同年九月二五日同裁判所の地代代払い許可決定を受けて、同年八月分以降の月額四万円の地代を京都地方法務局に供託してきた。そして、原告は被告を相手方として昭和六一年一月二四日資力のない関野正義に代位して、右和解調書に基づく強制執行に対する請求異議の訴を同裁判所に提起し、同年八月一二日原告勝訴の判決の言渡を受けた。被告はこれを不服として同月二一日大阪高等裁判所に控訴した。

五  被告は、右控訴事件の係属中である昭和六一年九月二六日関野正義及び訴外松岡正男を相手方として、本件土地建物につき、建物収去土地明渡請求の訴訟を京都地方裁判所に提起し、同年一二月二四日仮執行宣言付勝訴判決の言渡を受け、昭和六二年三月二四日右勝訴判決の執行力ある正本に基づき本件建物を収去した。

原告申立の競売事件は、同裁判所において、民事執行法第一八八条、第五三条により、本件建物の滅失を理由に昭和六二年六月九日取消された。

六  被告が本件建物を収去した債務名義である前記判決によれば、関野正義が松岡正男に対し本件建物を被告に無断で譲渡したことを理由に被告が関野正義との間の本件土地の賃貸借契約を解除し、本件建物の収去を求め、これが認容されたものと認められる。しかしながら、関野正義から松岡正男への本件建物の譲渡による所有権移転登記は昭和六〇年一一月六日になされており、これは原告の競売申立による差押の登記(同年九月一九日)より後のことである。

七  関野正義から松岡正男への本件建物の譲渡は差押債権者である原告との関係においては効力のないものであり、競売事件は関野正義が本件建物を所有しているものとして手続が進行し、競落人は関野正義から本件建物の所有権及び本件土地の賃借権の権利者の地位を譲受けることになる。そして、競落人は被告に賃借権の承継についての承諾を求めることとなる。このとき被告は関野正義から松岡正男への本件建物の無断譲渡を理由に賃貸借契約を解除して競落人の敷地賃借権が消滅したことを主張できないものと解すべきである。

しかるに被告は、原告との関係で関野正義、松岡正男間の本件建物の譲渡が効力を生じないことを知悉しながら、かつ、原被告間に請求異議の控訴事件が係属中にもかかわらず、前記勝訴判決による執行として本件建物を収去して毀滅させ、原告の根抵当権を故意に侵害した。

八  仮にそうでないとしても、被告の関野正義、松岡正男に対する建物収去土地明渡の勝訴判決は被告が松岡正男と通謀して得られたものである。松岡正男はその第一回口頭弁論期日に出頭せず、自白を擬制され、右判決がなされたものである。

また、被告は請求異議控訴事件において、関野正義、松岡正男への訴訟提起の事実を秘し、関野正義の地代三回分の遅滞により本件土地の賃貸借契約は昭和六〇年八月三〇日をもって解除された旨の第一審以来の主張を維持していた。

原告は、被告が右解除の主張を維持している限り、関野正義との賃貸借契約の存続を前提とする松岡正男への無断譲渡による解除の主張を被告はしないとの前提で、右請求異議訴訟を遂行してきたものである。

しかるに被告は、原告との間で請求異議訴訟を遂行しながら、関野正義、松岡正男に対してはこれと矛盾する訴訟を提起し、債務名義を得て、原告の気付かない間に本件建物の収去の強制執行を行ったものである。

これは原告に対する関係では著しく信義に反する行為であり、違法な行為と言わざるを得ない。被告は原告の根抵当権を故意に侵害したものである。

九  原告は本件建物につき第一順位の根抵当権を有する申立債権者として、本件建物の競売による売却代金から次の金員の配当を受けられる立場にあり、本件建物の競売による売却価額は少くともこれより高額であると見積られるところ、被告の侵害行為により配当を受けられなくなったのであるから、原告は被告に対しこれと同額の損害賠償債権を取得するに至った。

1  競売申立費用  二二万五六〇〇円

2  貸付残元金  一六一万〇〇〇〇円

3  損害金  八〇万五二六四円

4  地代代払い分  八八万〇〇〇〇円

以上合計  三五二万〇八六四円

(注 右3の損害金は昭和五八年八月二八日から昭和六二年三月二四日まで一三〇四日間の年一四パーセントによるもの、右4の地代代払い分は昭和六〇年八月分から昭和六二年五月分まで月額四万円の割合によるもの)

一〇  よって、原告は被告に対し、根抵当権侵害の不法行為による損害賠償として、三五二万〇八六四円及びにこれに対する不法行為発生日である昭和六二年三月二四日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三  請求の原因に対する被告の認否

一  請求の原因一項の事実は知らない。

二  同二項前段のうち、本件建物につき原告主張の根抵当権設定登記が経由されていることは認め、その余の事実は知らない。同二項後段の事実は認める。

三  同三項前段の事実は知らない。後段の事実は認める。

四  同四ないし六項の事実は認める。

五  同七項の主張は争う。

六  同八項のうち、被告が債務名義に基づき本件建物の収去の強制執行をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

七  同九項のうち、1競売申立費用、2貸付残元金、3損害金については知らない。4地代代払いについては原告が八八万円を京都地方法務局に供託したことは認めるが、被告が還付を受けたのはこのうち昭和六一年七月分から六二年二月分までの八か月分合計三二万円である。その余の事実は否認する。

八  同一〇項の請求は争う。

第四  証拠<省略>

理由

一<証拠>によると請求の原因一項の事実が認められる。請求の原因二項前段のうち、本件建物につき原告主張の根抵当権設定登記が経由されていることは当事者間に争いがなく、<証拠>及び弁論の全趣旨によるとその余の請求の原因二項の前段の事実が認められる。同項後段の事実は当事者間に争いがない。前示認定の請求の原因一項の事実及び<証拠>によると請求の原因三項前段の事実が認められ、同項後段の事実は当事者間に争いがない。請求の原因四ないし六項の事実は当事者間に争いがない。

他に以上の認定を左右するに足りる証拠はない。

二そこで請求の原因七項の主張について検討するに、原告は根抵当権に基づき関野正義所有の本件建物の競売申立をなし、競売開始決定を受けて昭和六〇年九月一九日本件建物に差押の登記が経由され、その後同年一一月六日本件建物につき関野正義から松岡正男へ所有権移転登記が経由されたことは前示のとおりであり、差押によって関野正義は本件建物の処分を禁じられ、差押の登記によってこれに劣後する第三者である松岡正男も本件建物の譲受けによる所有権の取得をもって原告に対抗できないことになった。

しかしながら、原告に対抗できないからといって、関野正義から松岡正男への本件建物の譲渡が当然に当初から法律上無効であるとはいえず、差押の効力が存続する限り譲渡の効果を主張することができないにとどまり、競売手続が取下その他により途中で終了することなく売却に至り本件建物が買受人の所有に帰したときに譲渡が不能となったというべきである。被告その他第三者が差押の効力存続中に本件建物につき差押の登記に劣後する譲渡の効力を争わず、関野正義から松岡正男への本件建物の譲渡の事実を前提としてその対応措置をとることが禁じられているものでもない。そうすると、被告が関野正義から松岡正男への本件建物の譲渡を理由として本件土地の賃貸借契約を解除し、本件建物を収去して本件土地を明渡すことを求め、その認容判決によって本件建物を収去したことが違法であるとはいえない。

原被告が請求異議控訴事件で抗争中であったことによって右判断が左右されるものではない。よって、原告の請求の原因七項の主張は採用できない。

三次に、請求の原因八項について判断するに、<証拠>によると、被告から関野正義に対する本件建物退去本件土地明渡請求、及び松岡正男に対する本件建物収去本件土地明渡請求の訴訟事件において、関野正義が口頭弁論期日に出頭して同人から松岡正男への譲渡について被告の承諾を得たと主張して被告の請求を争い、松岡正男が口頭弁論期日に出頭せず答弁書をも提出しなかったことが認められる。しかしながら、本件全証拠によるも右訴訟事件の被告の勝訴の判決が被告と松岡正男との通謀によって得られたものと認めるに足りない。

<証拠>によると、被告は昭和六〇年九月頃から被告と関野正義との間の本件土地賃貸借の和解調書に基づき本件建物収去本件土地明渡の強制執行をしようとしていたところ、本件建物につき前示争いのない同月九月一九日差押登記、同年一一月六日松岡正男への所有権移転登記が経由されたため、松岡正男を相手方とする処分禁止の仮処分決定を得て同年一一月二一日その登記を経由し、その頃右和解調書につき承継人松岡正男に対する執行文を得たこと、原告はこれに対抗して前示争いのない請求異議訴訟を提起し、債権者代位権の要件として関野正義が本件建物を松岡正男に売却して無資力となったと主張したこと、被告は請求異議控訴事件において関野正義、松岡正男への訴訟提起の事実を原告に開示せず、関野正義の地代三回分の遅滞により本件土地の賃貸借解除の効果が生じた旨の第一審以来の主張を維持し、昭和六二年二月三日までは右主張に沿う立証活動を積極的に行っていたこと、原告は被告による本件建物収去の強制執行が完了するまでこれに気付かなかったこと、以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実及び前示争いのない請求の原因四ないし六項の事実によるも、原被告はいずれも原告に対抗しえない関野正義から松岡正男への本件建物の譲渡につき原告との関係でその効力が生じていないことを主張せずに請求異議訴訟を遂行していたものであるが、被告が原告に対し被告の関野正義、松岡正男への訴訟提起の事実を告知すべき義務があるものといえないし、被告が原告に対し関野正義と松岡正男との間の譲渡を理由に賃貸借解除による本件建物収去本件土地明渡請求の訴訟を提起しない旨約していたものと窺うべき事情もなく、被告の関野正義、松岡正男への訴訟提起及びその請求認容判決による本件建物収去の強制執行が原告に対する関係で著しく信義に反する行為であるというに足りない。請求原因八項の主張は採用できない。

四よって、損害の点について判断するまでもなく原告の請求は失当であるので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官井正明)

別紙<省略>

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